ソンクランはタイでの新年を祝う祭事「水かけ祭り」とも言われる。今年は4月14日から始まり4月16日までの3日間、人々は街へ出て水をかけることに打ち勤しむ。タイの暑さも少しばかり和らげてくれると共に、人々は親しみのあるソンクランに気を楽にして身も心も委ねる。
午後も太陽が西に少し傾き始めた頃、僕たちはバンコク市内へと向かった。駅の近くに車を停めると、水が侵入しない透明のポーチに所持品を全て詰め込み、地下鉄の階段をゆっくりと降りた。
電車に乗り込み、市内に近づくに連れて大勢の人が乗車し、電車内は瞬く間に身動きが取れなくなった。多くのスペースを要する彼らが持つ様々な水鉄砲に圧倒され、それが目に鮮やかで新鮮に映った。人々はどうやら大真面目で真剣にふざけようとしているみたいだ。
目的地の駅に着いた。王宮が並ぶ西洋文化を取り入れた建築様式の歴史的な建物に目を奪われていると、胸の辺りに水がかかった。ゆっくりと水が飛んできた方を見ると、その人はニヤっと横目で過ぎていった。人々の足取りは音の鳴る方へと進み、僕たちもその流れに乗る。屋台は数を増やし、様々な水鉄砲が並び、使い方がわからない泥のようなものも売っている。おばさんがその泥を説明する声が聞こえた。「泥を水で溶かして体に塗るの、太陽の紫外線から肌を守ってくれるのよ」ぞろぞろと人が集まり賑わしくなってきた。歩道の横を通る車はまだ渋滞まではいかずもゆっくりと進み、いかにも古いバスの中に座る乗客は窓を開けこちらに向かって水鉄砲を放っては微笑している。
飛んでくる水しぶきが心地よい。日中の暑さのピークは過ぎ、濡れた服にはしなやかに風が通り心までも届く。
スタジアムでは大きなフェスティバルが行われている。入口には警察官たちが、不審の目を向けて警備をしながらも、ドロが付いた顔からは笑顔が垣間見える。スタジアムの中は大勢の人で賑わっていた。そこで楽しむ人とは少し違うといったバイブスで眺める。目が合った人とアイコンタクトのようなものをとると、銃口を向けられ激しく水を浴びた。自分もきっと同じバイブスで同様に楽しんでいたことに気づいた。
上を見上げると夕方の空が一面に広がっていた。カップルのカラスが騒がしい地上を避けるように東へと帰って行く。西に落ちていく夕日は大気と溶け合ってさらにそのオレンジを一層と深め、まるでフォークナーの水彩画のように美しく見えた。そんな一頻りも終わり建物の中に沈んでいった。
照明が灯り始め、競い合うように煙が昇る屋台からは食べ物の匂いが漂い、そこに引き寄せられた。男が中華鍋でガパオを作っていた。高温鍋に油を注ぎ、たくさんのチリを入れてゆっくりと回すとしだいに辛さが煙と交じり立ち昇り、近くにいるとそれが鼻を通り涙が出て、咳が自然と止まらなくなる。それでもその男はそぐわない表情で鍋にひき肉を入れ炒め、ソースを絡めて最後にタイバジルをどっさりと入れ火を止めた。もちろん出来たてのガパオを注文した。彼の周りにはまだ煙が取り巻いていた。
スパイシーなガパオで体中から汗が流れ、よく冷えたココナッツウォーターで喉を潤す。暑さには辛さで挑む、リフレッシュした気分になった。
宵の口になり、スタジアムのボルテージはさらに増して溢れんばかりの人が押し寄せて入ってきて、逃げるようにそこを後にした。
カオサン通りまでの道を歩く。夜が深まり本格的になるにつれて、人々の水遊びも激しくなってきた。水だってぬるいのがあれば、ギョッとするほど冷えた氷水もある。求めていた水も、少しずつ身を縮めて避けるようになった。
人に揉まれ流されて進みながらも、ヒストリカルな街並みの夜は目に煌びやかに目に映る。今では軒並みにナイトクラブやパブが並ぶツーリスト向けの場所も、かつては安宿が並び、バックパッカーが情報を得るために集まる彼らの聖地であった。その300m程の通りも今宵は人々の水しぶきと歓声が恟々と満ち溢れている。ベルトコンベアで運ばれるように人の流れに沿って進み、軒に並ぶパブやクラブからは競い合うように大音量で音楽が流れ、そこを過ぎれば次のクラブから音楽が流れる。いつもは客引きに勤しむ店員も今晩は道を通る人に必死に水を浴びせている。そんなわけで端を通る人はもうカオス状態である。彼らはバケツの水を頭から浴び、ドロを顔中に塗られる。それでも彼らは彼らなりに、店に座る客は面白しろそうに各々が楽しんだ表情を浮かべていた。
端のそれに比べると中央の方はずいぶんと平和なものであった。それでも往々にして太いホースを使いノズルから強烈なハイドロポンプを浴びせてくることもあった。全く容赦ならない。とはいえ進むごとに変わる音楽にびしょ濡れの体を揺らし空間の一部となり皆と共に興じて、気がつけばカオサン通りも終わりを迎えた。
まだ大音量の音楽が耳に残っている、と感じながら地下鉄までの帰路についた。喧騒からは離れバンコクの時代を食った街並みをまっすぐと歩くと少しずつ濡れた服も乾き始めた。疲労もかかえていたが、風が吹き優しく体を撫でると、快感が込み上がってきた。いくつもの寺院を過ぎ、小さな川に架かる橋を渡る。バケツに水を汲んだピックアップトラックが狙いを定めて道路を通った時は、対岸の火事のように流していたが、バケツに水を溜めてそこでいきゆく人に水をかけている人を反対側の通路に見た時はドキッとさせられた。彼は道路を渡ろうとしたが、運良く前方から車が近づくのを見ると諦めた様子で、こっちに来ることはなかった。やれやれと僕は思った。

もう服はほとんど乾いていた。地下鉄はもうすぐで、濡れた体で冷蔵庫の中のようにエアコンが効いた電車の中で震えながら耐えるのは嫌だった。夜はどこまでも寛いで落ち着いていて、夜に拝む寺院はなかなか趣きがあり、ちらめく夜の灯りの下の街並みに、時折過ぎるしつこく派手なトゥクトゥクも悪くはなかった。
突然1人の男が目に付いた。その男はわざわざ家の庭からホースを引っ張りだして水を振りまいていた。勘弁してほしいと思ったが、彼に近づきゆっくりとお辞儀するように腰を屈めて頭を降ろすと、彼はにっこりと微笑み、丁寧に行き届くように上からホースの水をかけた。水は温かく彼の慮りも含まれているように感じ、これなら濡れるのも悪くないと思った。
想像以上に電車の中は寒かった。背中を丸め、肩をすくめ、腕を組み身を縮めたが、それでもなお寒かった。とはいえこれもまたこの日を思い偲ぶこととして胸に刻まれるだろう。
水遊びは僕らには1日で十分だった。3日目はどこへ行くこともなく家の中で過ごした。太陽がずいぶんと高くまで昇るのを感じる頃、家の仏壇の前でソンクランの儀式の準備を始めた。仏像を布で丁重に拭き、仏壇の埃を拭き取ったあとにたっぷりと水を入れた底が深い青銅のボウルをその前に置き、その中に色鮮やかに香る黄色と赤の花びらを浮かべアロマを注ぎ、それをゆっくりと混ぜると香りがその空間に広がった。線香に火をつけ煙が昇ると、正しく座り目を瞑って経を唱えた。静かなひとときに鳥の鳴き声が僕をノスタルジックな場所へと運び、再び目を開けると元の場所に連れ戻した。ゆっくりとその水を仏像に流して仏様を尊び、祖先を崇め、家族のことを想って物思いに耽った。それぐらいしかできないが、それがソンクランの本質なのかもしれない。

夕方からずいぶんと激しい雨が降り続いた。「この時期にこんなに降り続くなんて珍しいわ」と彼女は言ったが、僕にはお天道様がソンクランを祝福しているという以外考えられなかった。シトシトと夜に響く良い雨だった。
3 comments
あなただけの美学は何ですか?
僕の美学を話すためには、僕たちは薔薇と小さな王子様になる必要があると思います。もっとも、文学を志すものとしてのアンサーとしてはダメなようですが。
もし記事を楽しく読んでいただけたなら、この上ないです。
王子さまが薔薇を大事に思ったのって、時間をかけて向き合ったからでしたよね。
薔薇と王子様にならないと見えない美学って、なんだかずるいですね。
でも、正直もうちょっと聞いてみたくなってます。