バンコクの隅にある小さな街Rangsit そこにはそこのルールや規則に従って時間が流れ、一度足を踏み込んでみないと、感じることのできない唯一無二がありありと存在する。そんな場所のひそひそとした薄静かな住宅街の中にあるバーで、知り合いのミュージシャンに呼ばれた。
バーの外側は立派なフェンスが施されて見るからにモデルハウスのような姿をしていたが、夜の暗闇が覆う代わりに、その不調和に夜を照らすいくつかの灯りやイルミネーションが夜を覆っていた。立派なフェンスの前の道に車を停め車から降り、バーと思われる方を見た。バーはモデルハウスのすぐ隣にあった。それは奥に伸びていた。ちょうど建物の前と奥の真ん中辺りにあったドアを引き、中に入った。
入り口に立つとすぐ前にバーカウンターがあり、中に立つ女性と目が合った。カウンターはカラフルなタイルでできており、昭和な大衆浴場を思い出させた。カラフルなタイルも暗い空間では主張することはなかった。タイルのバーカウンターは入り口から入って左に伸びていて、その反対の右側には壁をくり抜いた先に奥行きが広がるテーブルとチェアがあった。(といっても10mほどである)バーカウンターの女性は、金髪にブリーチした髪に似合う色のシャツを小さめに着ていた。彼女の頭上の棚には並べられたお酒があり、ライトはその棚の上の隙間から出ていた。パープルを含んだ赤オレンジのようなカラーでもう一つは天井につけられてあったが、微かなイエローの光で不自然に感じた。カウンター側の奥は目を凝らしてようやく人が座っていることを確認できるほどだった。暖色系でまとまったカラーに比べ、くり抜いた壁の奥は、ブルーの寒色で基調がとれていた。ありありとカウンターのコーナーに立つ、煌びやかなステンドグラスのランプが目に長く留まった時、この暗さを不自然に思うことはもうなくなった。薄暗がりの中でランプは、本来の光を放っていた。
知り合いがやってきた。彼の名前はBilly The Bear。 勢いよく挨拶をして、ビールを数本とバケット一杯の氷を頼み、くり抜いた壁の向こうの1番奥の席についた。グラスに氷を満たしビールを注いだ。氷は早くも溶けてビールと混ざり合い幾分に味を薄めたが、ずいぶんと乾いていた喉にはむしろちょうどよかった。


時計は21時を少し過ぎていた。ビリーは伸び切った黒髪に、肩幅がだいぶ大きいワインレッドのペイズリー柄のシャツを着ていた。そのシャツはいくぶんだらしない印象を与えたが、名前の通り熊にも少し似て背の低くぽっちゃりとした可愛らしいシルエットがその印象を自然に変えた。もうひとりの仲間も来てチェアに座った。肩まで伸びた髪から見えるすらっとした長い首、小さな骨格の顔に、掛けていたヴィンテージUSSのブラウンの丸みを帯びたフレームのメガネがよく似合っていた。なんとか学んでいるタイ語に必死に耳を傾け話を聞いていると、メガネの彼がボックスを取り出した。そして髪を一つにまとめると、ジョイントを巻き始めた。彼が巻き終えると、バーの外に出た。モデルハウスの反対側の一息つく場所まで歩き、そこで火をつけた。深く吸い込んだ煙で大きくむせた。時間が流れるのを繊細に感じ始めた、それもゆっくりと。雨季に入った6月も末のバンコクの、静かで木に囲まれた、星が微かに拝める夜とひんやりとした風が舌を巻くような気持ちのよい夜だった。

バーの中に戻るとビリーは披露するアルバムの準備に取り掛かった。メガネをかけた彼と僕はタイルのバーカウンターに座り、金髪の彼女に慣れない言葉でビールを頼んだ。彼女は僕のニュアンスでタイ人ではないと悟り、注文を英語で確認した。「チャイクラップ」とはっきりと答えると、彼女はびっくりしたように笑い、声まで漏らした。僕は頬が少し赤裸々に赤くなった。ステンドグラスのライトはさっきまでよりもカウンターのコーナーで遙かに煌びやかに輝いていた。
ビリーはマイクロフォンを使い何やら話し始めた。彼はかなり陶酔している様子だった。それまでずっと流れていた音楽が止まった。それはみるからに故意的によるものだった。彼はそれなりに冷静を装って見えたが、他の客達からは空間の気まずさを感じた。彼は舌を回して話をしばらく繋ぎ、笑い声が混じるようになると、ここぞといわんばかりに浮かれ顔をみせボタンを押しアルバムを再生した。
彼はずいぶんと勢いよくビールを飲んでいた。顔からは笑顔が溢れ、リズムに乗り仲間達と楽しそうに会話を始めた。メガネの彼は後ろめたさをビリーに感じながら面白がって笑っていた。アルバムは8曲で構成されていた。曲はどれも良い出来で楽しませてくれた。それ以上に、彼が合間に曲を止め長々と話すことに、気恥ずかしくなりながらもかなり笑わされた。彼は一曲分(約3分)の曲が終わると、2曲分ほど喋り立てた。場の雰囲気的にはそれを必要としていなかったし、もう笑い声もどこか遠くへ行ってしまった。ビリーは笑いふざけてたわいもないことをただ連続して口に出した。5分間ほどして彼は自分の世界から戻ると、だらだらと申し訳ないという様子で(言葉にも出した)曲を再び再生した。そんなことでアルバムは半分ほどが過ぎた。

気分は良かった。隣にはメガネの彼が気持ちよさそうに音楽を聴き入っていて、カウンターを挟んだすぐ前には金髪の彼女が立ってカクテルを作っていた。カウンターには僕らだけで、くり抜いた壁の先には3組ほどがテーブルを囲んでいた。会話をする必要がなかった僕は、色々と自分に起こったことを考えてみた。産まれて育った場所のことや、今の暮らしのこと。過去がずいぶんと遠くて長いものに感じ、常に心のどこかで未来のことを先走るように焦って考えていた。現在という唯一動かすことのできる瞬間は忘れ去られ、過去の記憶と未来への希望と不安とが僕の大部分を占めていた。朝を迎えると同時に1日の終わりへと進み、夜の無限の暗闇に安らぎ心身を休ませると、また朝を迎えた。そのようにして6月も終わりを迎え、7月が始まると同時に終わりへと進み、秋風が吹く頃まではもう簡単に「先に回って」想像できた。四季があればまだ少なからず身体が変化を感じ取ることができた。タイに来てからはそれを感じ取るのが難しくなった。
ビリーがマイクで何かを話し始めた。アルバムも最後の曲を残すだけとなった。ミキサーのエフェクトを使って仲間とふざけあい始めた。ゲラゲラと笑いながら喋りたてたが、雰囲気を乱したとすぐに感じて真面目な顔でアルバムの最後の曲を再生した。最後の曲はテンポが速くそれに合わせて踊ることは難しくなかった。数人と共にビリーを挟んで踊った。細かいことは気にせず、ただリズムに合わせて体を動かした。2、3分ほどであったがずいぶんと長い間のように感じた。おそらくそれは「先回る」ことができなかったからだろう。
ビリーがマイクを持った。マイクを通しているのにも関わらず、声のトーンを下げてなんとか聞こえるという音量でクールに喋り始めた。僕は彼にそっと近づき、「今晩は招待してくれてありがとう。とても聞きごえたのある良いアルバムだったよ。それに喋りも」といって肩に手を置くと、彼は感激した様子で「もういくのかい?」と尋ねた。「そうなんだ」というと彼は残念そうな顔をして僕は振り返った。バーには再びクールな彼の声が響き始めた。バーの扉を引く前にカウンターに目をやってメガネの彼にさよならをいって外に出た。
心地の良い風が吹くのをわずかだがしみじみと感じ取った。タイには日本のような四季はないが、地球が一周公転する間に起こるわずかな変化を愛でることの大切さをその風は教えてくれた。それはきっと我々が時間と呼んでいる単調な針の進みとその本質とのギャップにもいえることではないだろうか?こうした日々の変化の感じ方によって、人生は短くも長くもなるといえる。幸福な人生とは心の持ち方ひとつである。今晩はとても楽しませてくれた。バンコクの隅の街はまったく隅には置いておけない。