チャットチャックウィークエンドマーケットは、バンコクにある世界最大規模のマーケットである。限りなく広い中から自分のルートを選ぶ。路地にストーリーがあり、出会う人や光景が無限に広がる。まるでドライブのよう。それには国民精神や風土も大きく関わる。国の文化を肌で感じながら走らせる。
「古着」のセクションに足を伸ばす。 「ヴィンテージ」という聞こえのよい御下がりでくさびれた古着。そんな色褪せたものに命を吹き込んで価値を付加したのが「ヴィンテージ」なのだろう。たしかにそれは一種の、「消費することが美学となってしまった現代社会」に対する「反抗」の形もとっている。マーケットには古着独特の匂いが、薄重く籠る空気と混じる。それに狭い路地にはたくさんの人が各々のものを求めて歩みを進める。立ち止まって動かなくなった人からは渋滞が起こる。前に進むためには接触する事だってあるし、それがしゃくに触ることだってある。身体からは汗が流れる。風も陽の光も通らないその暑さがそうさせるのかもしれない。それでもこの場所に魅了されるのは、ある一定の層を熱狂させる、他にはない、アク抜けした雰囲気を醸し出しているからなのかもしれない。
セクション⑥の入口に、スラっとした長身、整った小顔に口髭、ヴィンテージのハットを被った身嗜みのよい男がいる。 Singha Beerのビンを片手に握り、その角に座って暑さを凌いでいる。彼の名前はJoe Joeさん…とタイでは、アルファベットの「P」を名前の前につける。P.Joe こんな感じだ。 店の中には数多くのT-shirtsがハンガーに掛けられたり、カートの中に入ったり、積まれたりしている。たくさん積まれたシャツを、上から一枚ずつ目を丸くするように見る。”Made in USA”、シングルステッチやリンガーが多く、状態も良い。300BHTから800BHT程の価格帯で売られているものが多い。 アメリカンロックバンドやジャズ、ハーレーダビッドソン、車系に、スポーツ、アーミー、アニメにアニマルなど、アメリカンカルチャーのフォトブックを眺めているような気分になる。

「その頭に被っているハットは売ってくれないの?」
冗談を交えて尋ねると、耳を少し赤くして首を横に振った。もしまた彼があのハットを被っているのを見たら、おそらく僕は同じことを彼にまた尋ねるだろう、もちろん冗談のつもりで。彼がまた首を横に振ることもわかっている。

彼の店からほんの少し奥に進む。そのすぐ左手の店に気を惹く数のT-shirtsが壁にかけられている。どれも見据えるほど面白いデザインだ。彼の方から声をかけてきた。ミュージシャンやアーティストもののシャツをよく見かけたので尋ねた。

ー音楽は好きなの?
「色々と聞くけど、70年代のUKアンダーグラウンドがルーツだ。『ADAM AND THE ANTS』みたいなのが俺の好みさ」
こっちからなにか聞く前に彼の方から色々と説明を受ける。
「スケートやサーフなら90年代のアメリカ西海岸の『CABALLERO』のデザインは良い。もちろん『THRASHER』や『SYUSSY』も。『POWELL』もいいぜ」

「さっき来たイングランドの奴は『Lee』のジーンズを何着もカバンに詰めて買っていってくれたぜ。あっちでは凄い値段で取引されてるんだってさ。それがここでは安く手に入る。eBayで俺の服を見てみろよ!その倍の値段で売られてるぜ。俺はただ、金儲けに目をくらませたくないんだ。何かもっと大切なものを失いそうな気がするから。でも可哀想にあのカバンは今にも千切れそうだったよ」

この狭い道にも慣れてきた。慣れる前というのは、軒並みに店があり、どれほどの距離があるのか、どの店を選んでそこでどのくらいを費やすのか、時を計ることが困難だった。でもそれがゆっくりと計算できるようになってくる。気は楽にはなるが、そのぶんのわくわく感は薄れていくようにも感じる。それはまるで、ドライブの行きと帰りのように。
ふとひとつの店に目が留まった。店の前に男が腰を下ろしている。彼の目を見ると、目が合った。店の主だ。中に誘われて入った。通路から中は見えにくくなっていて、温かい色の照明が足元と目線を照らし、フロアには店内によく合うカーペットが敷かれている。人形やぬいぐるみが好きなのか、あちこちからこちらを見ている。それもあってかカートゥーンキャラクターもののT-shirtsをよく見る。ミッキーマウスで埋め尽くされた棚さえあった。

上に盛られたT-shirtsのセンスが良かった。おそらく70年代から80年代もののシャツが積まれ、どれも500BHTから800BHT。カラーリングやコンビネーションのセンスは、彼の稚気溢れるような、女心をくむような人柄から反映されているように感じる。ひとつの棚の地面との隙間に靴を見つけた。(たまたま目に入ったのだ) ホコリをたくさん浴びたその靴に興味が湧いた。
彼が言っていた「same」がジョンが履いていたものなのか、それともただ同じものなのか、違いを汲み取れなかった。だからといって聞き直して沈んだりしたくもなかった。彼は僕の中で、世界で無二のジョンが履いていた「Spring Court」を持っている男なのだ。彼の店では女性客や幼心にあふれた人をよく目にした。どうやら、客が店を選ぶのではなく、店が客の方を選んでいるようだ。
店からはみ出た木製のショーケースに足が止まる。中には「Vans」の靴が幾重にもなっている。「Oldschool」、「Authentic」、「Sk8-hi」に「Half-cab」中の光がよりそれらの雰囲気を演出している。気になってその店の中に入ってみる。すぐに目に入ったのが、山積みに置かれた「Converse Allstar」。積まれたソールだけが見える。「Chucktayler」の文字とスターのマークが並ぶ。日本製のものも多少はある。ソールの擦れは見るからに少なく、状態はどれも良い。

「チャックテイラーは日本では買えないからとても人気なんだ」と彼にその話をすると、ここでは日本製の方が人気があるという。「日本製のは履かないのかい」と聞かれる。別に、ただ「Chucktayler」の方が僕の好みというだけでは納得されなさそうであったから、「人は希少性により価値を置くんだ。自分の基準のベクトルが他人の方に伸び切ってしまってるから、自分自身で物の価値はもう決められないんだ。」と言うと、「君もなのかい?」と聞かれ、何も言わなかった。それが僕にとっての質問の抵抗でもあった。

店を出た後しばらくすると明るい光が見え、その光を抜けるとセクション⑤と⑥は終わった。息を大きく吸い込みそして吐いた。正式に呼吸をすることができた。太陽はずいぶんと西に移動していて疲れが後から追いついた。ここでのドライブを終え、この場の雰囲気や人との会話をゆっくりと思い出のものとしていく。それでも僕は無限に広がるルートからただひとつを選択して走っただけである。広大なこのマーケットのたったひとつの。
チャットチャックマーケットはバンコクのライフスタイルやカルチャーを身直に感じるひとつの表現体である。とてもそんな気がするのだ。
喧騒からだんだんと離れたくなり、あの公園へと戻った。木陰に腰を降ろす人を眺めてはマネをした。しばらく芝生に横になって湖の水面の移り変わる色の反射を眺める。頭の中にはまだ何もやってこない。次に心に思い浮かぶ事を待っていたのか。それとも余韻を待っていたのか。
