「ビートたけし」いや、「北野武」日本人ならこの名を一度は聞いたことがあるのではないか?コメデイアン、映画監督、脚本家、俳優。彼のセンスやアートに注目するようになったのは確か「ソナチネ」からだったような気がする。彼のひとつの映画監督作品だ。
90年代らしいフィルムカラーに、寺島進や大杉漣演じるヤクザの新しいアプローチ、ファッションそれに久石譲の音楽。90年代の日本のひとつの映画スタイルとしての「北野映画」。彼がテレビやスクリーンに与えた影響はそこはかりしれないものがある。


日本における戦後復興の証としての東京オリンピックやテレビジョンが普及した1960年代。国民のライフスタイルの変化のシンボルとしてのテレビが広く受け入れられ、現在まで強く情報の媒体として存在するのもおかしくはないと思う。
そこには確かに様々な娯楽があり、「お笑い」もまた人々の気を惹きつける要素であった。タケシは70年代から90年代にかけコメデイアンとして間違いなくそのムーブメントを作った1人である。
1986年のたけし軍団がマスコミを襲撃し怪我を負わせた事件。マスコミの大勢の記者がカメラを向け高圧的な態度で迎えたタケシの会見放送。彼の言い分は、「行き過ぎた行為の記者、暴力という手段を使用したタケシとその軍団。お互いがひどい目にあったし、お互いが被害者である。だからそれは俺たちの問題だ」と。目はぎらぎらとして落ち着いた様子で、時折冗談をも交え笑いを誘った。

マスコミが総出でタケシを叩こうとしたが、大きい方に流れる世論はタケシに流れた。世間は特にマスメディアなどは世論で良し悪しが決まる。それはまた群衆の心理ともいうべきで、これを感じずに今の世の中を生きていくことはできない。
幼虫のままでいるか、美しく空を飛ぶ蝶になるかのようで、オーラをまとった、垢抜けている人間というのは、その羽を広げ美しく空を飛んでいる人間のことなんだろう。

タケシもまた美しい羽を持ち、空の飛び方ももちろん知っている。ただ彼はその美しさを意識することはない。大真面目にバカなことをするコメデイアンとして、また自分の総合的な美や芸術を表現する映画監督として。