そのストリートフードは原付に併有して動く。人が行き来する場所まで原付を動かし、あっという間に組み立ち、屋台となる。それはストリートフードであり、人々の生活の一部。アジアのひとつのカタチとなったカルチャーともいうことができる。どうしてこんなにも気軽なのだろう。まるで青信号でアクセルを踏むように、ふらっと立ち寄って注文できる。そこには背伸びし作られた空間は存在せずナチュラルでいられる。
例えば、朝起きてお寺まで歩く。お寺の中で朝の風と陽光をたっぷりと浴び精神を高め去ると、そこには屋台がある。
いつもたくさんの人が座るラーメンの屋台で一杯オーダーすると、隣にあるプラスチックでできたテーブルとイスに座る前にはもうテーブルにラーメンが置かれる。ラーメンといっても我々が想像するラーメンとは概念が違う。ラーメンに朝ご飯としての要素を必要としない我々に対し、タイではみんな朝から啜っている。だから刺激的な満腹感も、罪深さもそこには存在しない。シンプルな鳥の出汁のクリアスープに数種類の中から好みの麺を選び加え、トッピングにスライスされた肉に刻みネギとパクチー、それにテーブルにある調味料で味を整える。200円たったそれだけだ。このナチュラルな手軽さがアジアの本質を捉えているようにも感じる。

街中のあちこちで見かける原付についた屋台、ある時にはいつも通る道の隅にひっそりと構えている。それは「ルークチン」という練り物の屋台。
氷を敷き詰めたボックスを開け、豊富な種類の中から予め串が刺された練り物やソーセージを好きなだけカゴに入れ渡す。受け取った串は油の中に入れられ蓋をされ約1分間、それはジューシーに生まれ変わる。串から抜かれたルークチンは透明な袋に入れられ、仕上げに上からソースがかけられる。スイートチリソースと自家製のチリソースだ。今回は4本注文してたった120円。それとたっぷりの備え付けの小ぶりなキュウリ。受け取ると、付属の串で一個ずつ刺し、袋の下に溜まったソースに絡めて口に運ぶ。辛さが舌を覆うと、小ぶりなきゅうりで口の中をさっぱりさせる。ご飯としても、酒のあてとしてもイケる、やみつきになる味だ。



帰りに通った時には屋台はもうその姿を消していた。屋台にタイヤがついていることをすっかりと忘れていた。
