なぜか同じTeeシャツなのに、無地Teeなのに、着る人のサイズ感や生地感によって印象がかなり違うということは少なからずある。僕は思うんだ、Teeシャツを着こなすということが、流行の渦においても、ファッションの基本的で不変の真理であると。
もちろん人それぞれに好みがあり、バックグラウンドがあり、それによって人格が形成されファッションにも反映される。それは古着を全く着ない人から、いかにボロいかを美学としている人まで。自分が良しと思って着ていても、客観的に見えていなければそれは野暮というべきだろう。自分の姿は鏡では見えるが、いざそれをどう感じるか?ということになると世間の目に委ねがちだ。世間の流れやムーブメント(これらはかなり良い情報源である)はどれも少し違えど、法則や筋道にしっかりかなっている。それをよく捉えること、これが僕が思うTeeシャツの着こなしだ。

このシルエットスタイルが僕をノックアウトさせる。



これらの写真は950年代。それまでの下着としてのTeeシャツが、その自由で解放的な面からファッションとして広がるようになっていった。彼のスタイルがいわばTeeのオリジナルであって、このシルエットを僕はTeeシャツの美学とする。


実際に自分に合う肩幅と身幅が決まれば、(着丈は気にせずパンツにインするのであまり気にしなくても良い)わざわざ高いお金を払ってまで60年代や70年代のヴィンテージに手を出さなくても、楽しめるわけだ。



ここまではシルエットを意識した話。でもやっぱり、Teeシャツはデザインの良し悪しで決めたい。僕もそうだ。ずっと丈をインしていても、そうでない着方もしたい。その日の気分や雰囲気によって変化させれば、また違った角度から見ることができる。でも肩のラインは意識したい。90年代USA製のシングルステッチでも、大きすぎて肩のラインが落ちすぎたら、なんだかだらしなく見える。
シャツやジャケットやアウターに袖を通す前にも、先に身を包むのはTeeシャツだ。その日のファッションによって主張させたりさせなかったり、サイズ感を意識したりと、それで着方も見え方ずいぶんと違って見える。人それぞれ自分に合ったTeeシャツの「美学」のカタチを見つけたいものだ。